
...とりあえず、退院した。
5/14(金)あたりから体調が悪く、当日は午後半休をとって自宅へ引き返した。
翌土曜日に最寄りの病院へ行って、診察を受け、抗生剤などを含む薬も処方してもらったので、普通に食事を摂りつつ、薬も飲んで、16日(日)の夕方あたりまでは何ともなかったのだが...
夜になって、ご飯欲しくないなぁ...と思っていた矢先、急に熱が出てきた。
数年に一度は、こんなふうに高熱が出て、ヒドいことになるんだよなぁ...
今回もそのパターンかなぁ...
などと思っていたのだが、体が火照っていることと、息苦しさから、つい「過呼吸」となり、体の末端部(手足の先)が引きつけを起こしたように硬直し始めた。
これはマズいぞ...とアタマでは判っているのだが、声を出して相方を呼ぶのも煩わしいくらいに苦しさが増していた。
ちょうど様子を見に来てくれた相方に、その旨伝えると、過呼吸でうずくまって立てなくなるほどの症状を一度熊本で観ている相方は、慣れているのか判らないが、「どうしよう...救急車、呼ぶ?」などと落ち着いた口調でいる。
荒い息の中、「(救急車)呼んで」と言いながらうなずいてみせると、やっとケータイから119番通報をしてくれた。
しかし...
その会話の中でも「自分で病院へ連れて行けると思ったんですが...なんか、こちらで出来ること、ありますか?」などと会話している。
この期に及んで、救急車を呼んで病院へ連れて行ってやろう...という気はないらしい。
しかも、あろうことか、「ちょっと、もう一度検討します」みたいなことを言って、電話を一度切ったのだ!!
凸(-_-#
これにはさすがに呆れて&アタマに来て「なんで(救急車を)呼んでくれんのん???」と言うと「呼んだ方が良い?」みたいな返事。
細かい文字列は忘れたが、とにかく、そんな不毛な会話を経て、再び119番通報をし、救急車に来てもらうことに。
しかし、その頃には、熱もピークに達し、手足はつりっぱなしで、自分一人ではどうしようもない事態になっていた。
ほどなく救急隊員さんが来てくれて、意識の有無の確認も含めて話しかけてきたのだが、もう、会話するのに息を整えるのも面倒な状態だった。
そして、毛布に包まれてマンションを降り、救急車にチビと乗り込んだあたりが一番辛かった...。

もう、手足は言うことをきかないだけでなく、引きつって痛みを伴うし、アタマは割れそうに痛いし、熱が出て体の節が痛むし...
生きた心地がしない...というのは、こういうことを言うのか...と、大げさかもしれないが、本気で思ったものだ。
救急隊員さんも、引き続き話しかけてくるのだが、もう、こちらは声にならない声で「痛いぃぃぃ...」としか言えない。
同乗していたチビも「父さん、大丈夫?」と言ってくれるのだが、大丈夫なワケないだろ!!!(笑)
そして、病院へ着くと、すぐに看護士さんが過呼吸の応急処置と、検査のための採血などをしてくれるのだが、腕は肘のあたりまで引きつって痛みを伴っていたので、注射もかなり痛かった。
「痛いから、やめてくれ!」と言いたくなるのだが、そんな言葉も口からは出てこない。
そして、それを見越した訳でもないだろうが、看護士さんたちは「こういう場合は、私はこうします」みたいな「講義風」の会話をしながら応急処置と採血などの必要な処置を取っていた。
やがて、応急処置の甲斐もあり、少し息が整ってきたところで、「今日は入院してもらいます。明日以降で、インフルエンザの検査や、胸のレントゲンなどを撮ります」などと言われて、3階の個室へ移された。
こうして、「魔の入院生活」が始まったのだった...。
(長くなったので、とりあえず、続く)
0 件のコメント:
コメントを投稿