平成22年11月5日金曜日

「ケータイはどのような存在ですか?」



「イマドキの若いモンは...」というコメントが聞かれる際に「批判の対象」になりそうなものの一つに携帯電話(ケータイ)があると思う。

このケータイを、イマドキの若い人たちはどんな風に思っているか、非常に興味深いアンケートをした結果がWeb に載っていたので、ちょっと長くなるが、全文こっそり転載してみる。

-- アンケート結果転載 ここから --
「あなたにとってケータイはどのような存在ですか?」

アンケート実施期間:2009/12/29~2010/02/04

【10歳】
・ 大切
・ あこがれ
・ かかせない
【11歳】
・ 少し必要
・ 体の一部
・ 神
・ 必要不可欠
・ 必需品
・ ないと死ぬ
・ 大切な物
・ 大切な存在
・ 僕の一部
【12歳】
・ 貴重品。友達とか家族とかとの連絡とか情報得るための大切なもの
・ 無くてはならない存在
・ 母親に連絡するのにとても便利な物だと思います
・ 無いとヤバい
・ 命
・ あったら便利なもの
・ 10番目くらいに大事
・ 必要不可欠!
・ 親や友達、部活や習い事で連絡出来たり、息抜きに小説を読んだり、書いたり、情報を交換出来る存在
・ 命の次に大切なものw
・ 人との連絡手段の一つ
・ とても大事で、心の支えです
・ 欠かせない物
・ この世で5番目に大事なもの(笑)
・ 連絡をとるためにも、暇潰しにも最適な大切な物
・ 宝物。命
・ メール、電話、読書、辞書、小説を書く、ゲーム、勉強等、全部ひっくるめて便利な存在だと思います
・ 便利だけど、ちょっと怖い一面もある
・ 持ってないけど、友達みたいなもんだと思う
・ 持ち運びできるPC以上の物
・ あったほうがいいかなー・・・っていうていど
【13歳】
・ 右腕くらい大事な物
・ なかったらちょっと困るけど、あったらたまに嫌な思いをするモノ
・ 生活の一部でなくてはならない
・ 楽しいなーみたいな
・ 手放せない
・ 連絡用
・ 絶対!ではないが大切
・ 純粋に、必要で手離せないもの
・ 人とのコミュニケーションを助ける道具
・ 傍におってほしい
・ 必要なもの。なくなったらとても困る。習い事の帰りに、親に連絡できなくなる
・ うちの分身
・ ないとストレスがたまります
・ なくてはならない ケータイがあったから 辛い時も乗り越えられた 死なずにすんだ
・ 3番目に大事なもの
・ 相棒 家族以上
・ 身を守ったりするもの。また 親や友達との連絡手段
・ 家族!
・ 糞大切なモン
・ あったら使う無ければ使わない
・ 相棒♪
・ 友達(笑)
・ たいせつな人と繋げてくれる物・いままでイヤなことも、なくしてくれたりしたし、すごく大切
・ 無かったら死ぬ
・ 他人と連絡したり、遊んだりできる時計
・ 親に何かあった時連絡できる
・ なきゃダメだU・
・ 大事ですし、携帯の中で本当の自分を出せます。それに気分転換にもなりますし
・ 手放したくない
・ みんなとの友情をより深めるモノ(*´U`*)
・ 遊ぶためのおもちゃ
・ 身近にあり、調べたい事とか直ぐに調べたり出来る魔法のような機会だと思います
・ いや、めっちゃほしい!!
・ 絶対必要
・ いい事と悪い事を分かって使う物
・ 気軽に友達と話せて防犯になるもの
【14歳】
・ 命!繋がり!心の支え!
・ 無くなったら死ぬなw 鬱病になるょ 確実にあとイジメ勃発じゃね? アナログ人間はイジメられるょw
・ 要らない不必要できればこんなもん作らないでほしかった
・ 無くなったら不便で退屈になってしまうもの
・ できればあってほしい
・ 体の一部
・ 舎弟
・ 世の中の情報源
・ 音楽を聴く為のiPod代わり
・ 時計、宿題とか勉強の連絡手段
・ 大切です。こんなに薄くてコンパクトなのに、人と人とをつないでくれる・・・・・。とても、すばらしいものです!
・ 連絡手段
・ 無くちゃ家から出たくない
・ 二面性を持つ大切な物。色々な人との関わりを取れる変わりに、そのぶん悲しいことや嫌なこともある。やっぱりどんな物でもメリット、デメリットがあると思います
・ 無かったら生活できない
・ 大事なパートナーです
・ 依存はしてません。でも必要
・ 友達と一番素直に語れるし、無きゃ困る
・ お金より大切
・ コミュニケーションをとる大事なもの
・ 通信に使う機械。生きる場所
・ ひとりの世界に入れるけど友達みたいなかんじ
・ 電話とメールと写真のためにあって、使わない日も結構あるけど、なくなったらかなり困る大事なものです
・ なくても平気
・ 今の時代に必要不可欠
・ 必要、ないとストレス
・ 彼氏や友達と学校とか以外で連絡を取るもの
【15歳】
・ 遠くの人と繋がりを持てる唯一の手段で、私の中に詰まってる情報は携帯により得られたものもあります。それはよくない情報もありますが、知識には変わりないと思います。手に収まる手軽な辞書です
・ 薬で、毒で。必要不可欠だけどほんとは要らないもの
・ 親と連絡するには必要
・ 便利なもの。パソコンが家にないので、パソコン代わり
・ 連絡手段にも楽だし、何より親を安心させる物
・ 最高の連絡手段
・ 色々な事が調べられるし、誰にも言えないような悩みをネットで知り合った人が聞いてくれて救われるときもあるから、大切です
・ 私にとって必要なもの。私と友達を24時間繋ぐもの
・ 大切なもの!思い出がいっぱい詰まってて大事
・ 意思
・ すばらしい存在
【16歳】
・ いろいろなことが短時間で出来るので便利ではありますが、そのぶん事件や事故と隣り合わせなので、利用するときは気をつけています
・ なくては落ち着かないもの
・ 安全のため、友達との交流。付かず離れずの存在です
・ ものすごく思い出がある
・ 毎日の持ち物
・ かばん
【17歳】
・ ケータイ小説を書くための道具。曲を作るための鼻歌を録音するための道具。友達との唯一の連絡法
-- アンケート結果転載 ここまで --

いかがだろうか?
これが、紛れもない「若者の実態」である。

今回は、「ぼやき」タグは付けているが、ぼくの結論は敢えて書かない。
みなさんがこれを読んでどう思うか、そのプロセスが存在しさえすれば良いと思う。

100万回生きたねこ



英語に"Nine Lives"という言い回しがある。

もともとは、A cat has nine lives and a woman has nine cats' lives. (猫に九生あり、女に九猫の生あり)という長い形で使われていたが、"like a cat with nine lives" (九生を持つ猫のように=しぶとい/しぶとく)とか、have nine lives like a cat (猫のように九生を持つ=しぶとい)というようにも使われるようだ。

別の言い方をするなら、"die hard"というところか(笑)。

そんな表現を地で行く話に『100万回生きたねこ』という話がある。
有名な絵本なので、きっとほとんどの人が、タイトルか、表紙に描かれた猫のイラストを見たことがある人も多いだろう。

ぼくは「タイトル、聞いたことあるなぁ。あ、その猫の絵もね」というレベルで、あらすじなどは全く知らなかったのだが、あるニュースを見て、その話を思い出すことになった。
作者の佐野洋子さんという方が、がんを患い闘病していたのだが、72才で亡くなったとのことだ。

佐野さんは、'71年に絵本作家としてデビューし、この『100万回生きたねこ』は、'77年に発表され、ご存じの通り大ベストセラーとなった。

その『100万回生きたねこ』、ちゃんと読んでからコメントすべきなのだろうが、あらすじだけ読んで思うところがあったので、ちょっとだけぼやいてみたい。

この『100万回生きたねこ』では、物語の主要登場人物(動物?)である猫は、かいつまんで言うと、以下のようなストーリーだ。

猫は、いろんな境遇で100万回その生を全うするが、そこに他のものへの想いなどは全く介在することなく、常に主観的に物事を見て、その生を過ごしてきた。
しかし、最後に、唯一「他」を意識させる存在である「白い猫」に出会う。
その白猫の気を引こうと四苦八苦しているうちに、その猫に恋をするのだが、最後には、その白い猫は、自分の隣で動かなくなってしまう。
そこで、猫は、白い猫に対する愛情や、それを失ったことによる悲しみから、昼夜を問わず100万回泣き続けるのだが、やがて、自分もその白猫の横で動かなくなってしまい、二度と生き返ることはなかった...というのだ。

この状況を、ぼくは「うらやましい」と思ってしまう。
なぜなら、この猫、喜びも悲しみもすべて経験し尽くした(と思われる)からだ。

100万回もその生を全うしたのだから、いろんな経験が出来ただろう。
「あ、あのとき、もう少し勉強してたら、こんな仕事が経験できたのにな」とか、「あのとき、こんなことさえ言わなければ、あの娘ともっと長続きしたかも...」(笑)とか、人間、長い間生きていれば、イヤでも「後悔」という言葉を意識する瞬間はあると思う。

でも、この猫には当てはまらなかったのだろうな...と思うと、うらやましいなぁ...と思えてしまうのだ。

普通は「最後にすてきな経験が出来て、良かったね」とかいうのが普通の感想なのかもしれないが、ぼくはそんな風には思わなかった。
(ま、ちゃんと読んでないのでアレだが...)

あれ、もしかしたら、「オマエ、ちゃんと考えて生きていけよ」っていうメッセージもあるのかな...
(^^;

いずれにしても、いつか読んでみたい本が、また増えた。

平成22年11月3日水曜日

Let's Touch The Sky!


<画像はFourplay 公式サイトより>

ついに、新生Fourplay のアルバムが発売された。

初代ギタリストのL.Ritenour が脱退したあと、跡を継いだのは、驚きのL.Carlton だったが、彼を含むラインナップがあんなに続くとは正直思ってもみなかった。
(とは言え、Larry 時代に2回もライブを観に行ってるのだが...)
彼のプレイが、どうしてもFourplay に合っているとは思えなかったのだ。

もちろん、味わい深い、印象に残るプレイはするのだが、どうしてもJeff Beck 系の弾き方をされると、他のメンバがメロディアスなプレイをするだけに、バランスがとれないというか、掛け合いにならないというか、そんな気がしてならなかったのだ。

そんな中、ついにLarry がソロ活動に専念したいという理由でFourplay を脱退するというニュースが飛び込んできた。
「Lee、Larry と続いて、後釜なんて誰に務まるんだろう?」というごく普通の感覚を抱きながら続報を待っていると、イトコの翔子嬢より知らせが届いた

Larry の熱狂的なファンでない限り、いや、もしかしたらLarry ファンもそう思ったかもしれないのだが、「Chuck かぁ。。。なるほど」と思ったモンだ。

で、無事にグループショットも届き、安心した。
Bob も生きてるし(笑)
あとは、日本にツアーに来てくれないかなぁ...ということだけ願っていた。

<画像はFourplay 公式サイトより>

で、新譜を聴いてみたのだが...
ちょっと期待しすぎていたかもしれない。
このアルバム、どこを切っても"Fourplay"なのだ。

ギタリストが変わったくらいで...と思われる方もいるかもしれないが、ギターというのは、この手のバンドでは、カバー/担当する音域がピアノと被るかもしれないが、音色や音使いで一番影響を及ぼす楽器だ。

確かに、#2や#9 は、「いかにもC.Loeb」らしいスタイルではある。
しかし、他の曲でも、彼のスタイルは絶妙にアンサンブルに溶け込んでいるのが判るのだ。
#4 のギターなどは、前任者のLarry だったら、絶対に違う味付けになっただろうと思えるし、「1曲目で、これ???」と頭の中に「?」マークが渦巻いた#1 や#10 なんかも、Chuck のきっちりとしたJazz のバックグラウンドがあってこその選曲と思われる。
正直、こんなJazz ドラマーなH.Mason を聴いたのは初めてかも(笑)


<画像はFourplay 公式サイトより>

新メンバ加入で、一気に気持ちが弾けて(という年齢のメンバでもないが...)というパターンを想像したのだが、コトはそんなに単純ではなくて、「Chuck が入ったからには、どんな音でも出せるぞ!」という、他メンバの嬉しさの現れなのかもしれない。

Chuck が加入したと判った当初、ネット上では「Lee と同様、歌心のあるギタリストになったぞ!」と喜んだ初期からのファンも多かったろう。(事実、ぼくもその一人だった)
が、蓋を開けてみると、歌心はもちろん、もしかしたらLee の時代にもなかった「オールマイティ」で「キャッチー」な要素を持ち込んだ、「第3の男」が加入したということか。

いずれにしても、このメンバで、これからどんな音を出してくれるのか、非常に楽しみだ。

Bob、死なないでね〜! <オイ!